作:上 林 春 生



 人間からのいわれの無い略奪と殺略,それは,父魚から聞いたところでは人
間の弱いものへのいじめ史と言うものに他ならないと語り継がれている。そう
言えば,水のぬるむ春,私は松の枝が影を作る淀みにうつらうつらしている時
,突然鼻先に好物をぶら下げられ,思わず食いつくとプラスチック臭のテイス
トを味わった瞬間,猛烈な痛みが脳天から身体全体に走っていたなあ。   

 好物の子えびのひげが口に刺さったのかと思ったが,十分考える間もなく,
がくんと首が置いていかれるほどの速度で引っ張られていた。勢い余り空中に
飛び出たときキリキリと言う機械音が聞こえ,そのピッチと引きずり回される
強弱が不思議に同調し,恐怖感を煽っていた。キリキリ音はリールと言うもの
から出る音で,その後その音を聞くに付け,私の鱗は硬く引き締まるのだ。 

 これまでにも,他の連中を差し置いて好物にありつこうと早く泳いだことは
あったが,今回の速度はとても魚の出せるものではなかったなあ。息は詰まる
し,涙は出るしで,こりゃあ溺れるかも知れないぜ,と覚悟したほどだ。  

 気がつくと,弱った身体を掴まれていたが,あれが人間の手だったのだろう
,どうも嫌な匂いを感じたが,あれが人の匂いというものなのだろう。生臭い
中にプラスチックの匂いを感じ,人間に入り込んだプラスチック臭を我々魚類
は感じることが出きるのだろうか。                   

 そうこうする内に,唇に引っかかっている大きな針がまもなく抜けるのかも
しれない,という時だった。釣り針と言うやつはどこまで魚類をいじめ抜けば
気が済むのだろう。                          

 突き刺さった針が,今度は抜けないよう,とげ状の突起が逆に取りつけられ
ている。このために,ある箇所までは抜けるのだが,それ以上はこの突起が障
害となって容易には抜けない。ここは余程上手く遣ってもらわねば唇に開いた
穴がいくらでも広がる。傷口がさらに広がるのだから,ここは天に運を祈るほ
かにはないのだろう。                         

 どうにでもなれ,と言う諦めから天空を虚ろに見ていたが,魚眼レンズで見
ているから,空が大きく映っていた。その中に人間の頭と言うか顔というのだ
ろうか,私達と目が二つあるところは何となく親近感がわくのだが,いかんせ
ん人間は動物をいたわらねばと言いつつ,魚には冷たい。         

 その下にある鼻の穴のグロテスクなことよ。魚眼ゆえに二つの穴は大ブラッ
クホールのようにも見え,時折光を反射する鼻毛は大穴に巣くうゲジゲジの大
集団にも見え,近くで見れば見るほど身の毛もよだつ。気付くと視線を外らし
ていた。                               

 人間のいたわってやらねばならない,と言う動物は考えてみれば哺乳類だけ
のようなんだ。その他,鳥に対しては仲良くなりたいと言う人間のおべっかを
目にすることがあるけれど,その外の動物にはどうも扱いが不当と言うことに
彼らは気がついていないようだ。                    

 今,人間に掴まれているのだなあ,と思いながら観念していると,ひときわ
鋭い痛みを感じた後,口に刺さっていた針がどうやら外れたようだ。しかし一
体,この後の私の運命はどうなるのだろう。               

 魚友から聞いたところでは,生きながら煮えたぎる油のなかへ投じられる仲
間の多さに亜ぜんとしたことがある,と言っていたなあ。         

 ぐつぐつと泡立つ油の中で,同胞は一瞬身をくねらせ,その分油の中でわず
かに進み,絶命してからも慣性が働くのだろう,わずかに前進するのだそうな
。だからみな,身体をくねらせた姿で皿に横たわるそうである。見ていた金魚
がそう言っている。                          

 また,受難報告会では,生きたまま酢につけられたかと思うと箸で人の口中
に押し込まれ,上の臼歯と下の臼歯にはまり込み,あわや擦りつぶされようと
言う時,抜けていた歯の間からかろうじて脱出に成功したと言う信じられない
報告を聞いたこともあった。                      

 中には不幸にして,口中に送り込まれ,「おかあさまあ」と呼ばれた母は「
厨子王やあい」と呼びながら,ひれとひれを取り合い暗黒の洞窟へ落ちこむ母
子は後を絶たない,と言う報告もあった。                

 そしてまた,仲間には釣られると同時に解体され,針先に付けられた切り身
が水中に投ぜられる場合だってある。親を失い,動転している子魚の目の前に
針に付けられた父魚の切り身が落ちてきたと言う。子魚は匂いで判ったのだろ
うか,余りの親の変わりように全身を振るわせ,切り身に擦り寄ったと言う。

 悪い時には重なるもので,切り身となった父親に擦り寄った小魚はそのまま
針が腹にかかり,親子とも同じ針に絶命するという悲劇さえ聞いている。一人
取り残された子の不憫を思う親の執念が子魚を道連れにしたのだろう。子を思
う親の情は例え切り身に変わろうとも変わりはしないものだ,と土地の老魚は
語っていた。                             

 このような話しを思い出したとき,同じような運命を今から辿ろうとしてい
る私は思わず眼を閉じ,合掌してしまった。               

 どうして,魚類には悲しい話しが溢れているのだろう。         


つづき